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「それでは」
房一は苦笑した。
「今日からお隣へ参りましたから、よろしく願います。」
それは盛子だつた。きりつとした割烹着の姿は彼女の伸びやかな身体の特長をよく現はしていた。
云ひ終ると、直造は叮重ていちように頭を下げた。
「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
彼は男の顔を蔽つている手拭をとりのけながら云つた。
「をかしいからとは何ごとだ。火事だといふから手伝ひに来たんぢやないか、そして溝に落ちたのが何がをかしいんだ」
そこで自分がどんな取扱ひをうけるか、あたり前の医者としてか、それとも単に「芋の子」に過ぎなかつた高間道平の憎まれ息子としてか、房一は少からず興味を持つた。が、大体予測がつかないではなかつた。きつと、医者として認めたがらない気持がそのまゝ現れるだらう、と。
今泉はかすかに鼻のあたりを不満げにふくらませた。
河原町の人達は皆自家の仕事をはふり出して川に出ていた。彼等の悉くがこの時期には漁師になつたかのやうであつた。まるで諜しめし合せたやうに同じ麦藁の大きな帽子をかぶつて、白いシャツを着こみ、魚籠びくと追鮎箱とをガタつかせながら、めいめいの家の裏口から河原に現れるのだつた。
と、彼は恐しく手まどつて答へた。